【小説】あにき⑧【脊髄小脳変性症看護記録】

小説

※この記事の執筆者はATAU氏です。イタリック字体部分はちゃむやまによる注釈などです。※

 

終わりよければ全てよし②

人はどこで死ぬのだろうか。図その1(出典 厚生労働省)を見るとわたしの生まれた1949年ごろは皆さん(80%以上)は自宅で亡くなっていました。それが今では完全に逆転してほとんどの人(75%以上)は病院で最後を迎えています。

 

自宅では胃ろうなどを含む延命治療はできないから昔の人は食べられなくなったらリンゴの搾り汁を口に含ませる程度で家で穏やかに亡くなっていました。

 

それが今は病院でこれ以上治療しても治る見込みのない終末期の老人(または患者)であっても、できうる治療はすべて行い本人が生きている限り治療を止めません。これが日本の医療現場の常識となっているので多くの人は管だらけの寝ったきり老人となってベッドで最期を迎えています。

 

こうして延命治療を行っても容体は回復せず本人も家族も身体的、経済的につらい思いを強いられているのです。それも本人が延命治療を望んでいるならまだしも図その2(出典 厚生労働省)に示す通りたいていの人(91.1%)は、「延命のみを目的とした医療は行わず、自然にまかせてほしい」です。「少しでも延命できるよう、あらゆる医療をしてほしい」は5%以下なのです。

 

本人の意思とは関係なく寝たっきりになって管だらけの最後ではとても、「終わりよければ全てよし」とはならないでしょう。

 

欧米に寝たきり老人はいない

ネットでわたしのような問題意識を持つ人たちの間でとても話題となったブログがあり本にもなった、「欧米に寝たきり老人はいない―自分で決める人生最後の医療」著者は北海道で夫婦ともに医師であります宮本顕二(専門は呼吸器内科)礼子(専門は認知症)です。

 

そのブログの要点をいくつか紹介いたします。

*(欧米を視察して)

終末期には日本のように高齢で口から食べられなくなったからと言って胃ろうは作りませんし点滴もしません。肺炎を起こしても抗生剤の注射もしません。内服投与のみです。したがって両手を拘束する必要もありません。つまり多くの患者さんは寝たきりになる前に亡くなっていました。寝たきり老人のいないのは当然でした。

 

*日本では高齢者が終末期に食べられなくなると点滴や経管栄養(鼻チューブ、胃ろう)で水分と栄養が補給されます。本人は何もわからないだけでなく、とても苦しいタンの吸引をされ、床ずれもできます。栄養の管を抜かないように手が縛られることもあります。

 

人生の終わりがこれで良いのだろうかとブログで発信すると、多くの読者から体験に基づいた切実な意見が寄せられました。これを本にして多くの人に紹介し、高齢者の延命問題を一緒に考えたいと思いました。

 

*自分の医学生時代は終末医療の教育は受けませんでした。医療現場では終末医療について先輩や同僚と話をすることはありません。そのために延命に対して問題意識を持つまでは、点滴や経管栄養を減らすとか行わないとかは考えもしませんでした。むしろ脱水状態や低栄養にしてはいけないと思っていました。終末期の高齢だかと言って医療の内容を変えることはしませんでした。

 

*スウェーデンが初めての海外視察だったのですが、食べなくなった高齢者に点滴の経管栄養もしないで食べるだけ飲めるだけで看取るということが衝撃的でしたね。脱水、低栄養になっても患者は苦しまない。かえって楽に死ねるとわかり夫と私の常識がひっくり返ったのです。

 

*その後欧米主要六ヶ国を視察して感じたことは医療は過少でも過剰でもないことが理想だということです。日本ならば助かる肺炎の患者さんもこの国では亡くなるだろうと思いました。そのため諸外国のまねをするのではなく日本の終末医療のあり方を模索することが大事だと思います。

 

*海外を視察して日本は最も過剰な医療を施す国だということがわかりました。そもそも根本から終末医療の考え方が違うということです。欧米では延命措置はしなくても緩和医療には手を尽くす。延命措置をする時間があったら緩和医療に時間や人を割こうというのが海外視察を通じて学んだことです。

 

*延命治療で点滴の針を刺したり尿道にカテーテルを入れてつらい思いをさせます。水分も過剰に投与するのでタンが多くタンを吸引する苦しみを与えています。ストレスから消化管出血もよく起こします。誤嚥性肺炎を繰り返し発熱や呼吸困難が起きます。問題は濃厚な延命措置を行って患者を苦しめていることに気づいていないあるいは気が付いていても目をつぶっていることと思います。

 

つづく

コメント