【小説】あにき④【脊髄小脳変性症看護記録】

小説

※この記事の執筆者はATAU氏です。イタリック字体部分はちゃむやまによる注釈などです。※

 

山の温泉③

山の温泉

日常的に和夫のことを気遣って過ごしている能(あたう)にとって、たまには息抜きも必要なのだろう。能は「来週にでも近郊の山を歩きませんか」と中島容子にメールをした。

 

一緒に登ったその山は三国山と言ってさして高くはない。中央線の上野原駅で降りて、登り始めてほぼ半日、ほとんど人と会うこともなかった。能はスマートというと聞こえは良いが「やせすぎ」でからだのどの部分をとっても「まるっこい」ところがない。

 

だからなのか小さい頃から「丸っこい」ものに憧れを抱く。容子は太っていてからだのどの部分をとっても「とがっている」ところがない。いつものように前を歩く容子のまるっこいそのたゆたゆとした肢体をみながら能はシアワセを感じた。

 

山の終わりには麓の温泉に入るつもりにしていた、二人とも温泉が大好きなのだ。山道を歩いているといつの間にか一匹の犬が来て二人の前を歩き始めた。二人が少し遅れると犬は後ろを振り返ってそして待っている。

 

犬に道案内されて数十分も歩いたろうか、突然「ワンワンワン」と鳴いて一軒の温泉宿に着いた。帳場のおやじは「風呂はひとつしかわかしてないけど、それで良かったら入っていきな」と言った。

 

汗だくの季節だし2人ともすぐに汗を流したかった。能は「ねえ一緒に入ろうよ、ドブンとね。めがねを取ると何も見えないんだから気にすることはないよ」と思い切って言ってみた。容子は「いいわよ、あなたから先に入りなさいよ。わたしはここで待っているから」。なかなかガードが固いのだ。

 

山が好きな能はいままでにいろいろな人と歩いてきたが、このごろは容子と行くことが多い。いろいろな意味で二人はウマが合うのだ。お互いの友人を含めて4-5人で行くこともあるが二人だけでも良く出かける。

 

日帰りで行くことが多いが年に2-3度は泊りがけでも出かける。泊まるところは行く先によってだが山小屋形式の大部屋もあれば二人だけでの個室のときもある。容子の方はそういうことはしないと決めて掛かっているので能としては不本意ではあるが何事もないまま今に至っている。

 

こないだ二人で行った山小屋では割と立派な個室が取れた。夜になりさあこれから寝ようかと並んで敷いた二つの布団のひとつに能がもぐり込むと「これから下着を着替えるので向こうを向いていて」と容子に言われればやっぱり向こうを向いているしかないのかなと能は思ってしまう。

 

父母へFAX4

(H17年9月22日)

午前10時過ぎ自宅を出る、11時20分兄宅着。ちょっと早い昼飯。

 

兄はお茶づけ。おかずは高齢者向け宅配のもの(介護ヘルパーに教えてもらって取ったのは2回目。味が市販の弁当のようにどぎつくないので良い、またそうして弁当を頼むだけでもだいぶ家事が楽になると亮子さんが言う)。兄はスプーンで食べている、食欲は普通。

 

兄はこれから病院に行くのでビールは飲まない。普段は夕食時に亮子さんと2人でビール普通缶1本を飲む。兄の部屋は畳みも新しくして前からあった座り机やダンボールなどを片付け、介護用ベッド(リース)を新たに入れて随分ときれいになった。

 

ベッドは、電動で上り寝起きなども具合良い。歩くことは足元がおぼつかないが壁伝いに自分で歩いている。廊下などに手すりは早急につけるとのこと。

 

小水用の管をつけているが慣れてきて具合良い(そのつど便所に立たなくてもよいから)。昨日病院からいつもの訪問看護の方2名が来て小水の管など関係器具を消毒してくれた。兄の話だと同じ方なので気が楽だ、毎回違う人では気を使うからな、とのこと。

 

どうやら看護婦の方達を気に入っているようだ。看護の方達も「管を入れるため局部に触れた仲なので遠慮はなくなりますヨ」と笑っていた。

昨日は介護保険からの看護ヘルパーの方も来て風呂場で髪を洗ってくれた。随分とサッパリした様子だ。ただ後頭部に軽い湿疹ができているので、訪問の皮膚科の先生に来てもらおうと思う。散髪もこれからは訪問でやってくれる方を頼む。いずれもヘルパーさんたちが知り合いを紹介してくれるとのこと。

 

昼食後12時40分に、亮子さんが頼んだ介護用タクシーが来る、運転者も含めて男性2名。玄関(2階にある)で車椅子に兄を乗せ、車椅子ごと3人(わたしを含めて)で外階段を2階から1階へと慎重に下ろした。その間兄は相当緊張気味で亮子さんが「能さんも一緒だから大丈夫よ」と声をかけている。

 

車が出る時に兄が何か言っているが言葉がくぐもってよく聞き取れない。結局「携帯は持ったか?」と言っているらしかった。緊張するとうまく言葉が出てこないのか、聞き取れるときと聞き取れない時がある。

 

20分で関東第2病院へ着く。段取りは訪問介護の方がつけていてくれたので、受付でリハビリ科そして脳内科の診断受付を済ませる。今日の通院は身体障害者手帳の交付を主な目的にしている。「これから検査測定があるがあまり頑張らなくて良いよ」とわたしが言うと、兄は「うん、頑張らないヨ」。

 

1時間びっしり運動能力などを測定。「ずいぶん念入りだ、介護度認定のときとはだいぶ違うな」と兄。それから医師による診断、若い温厚な感じの先生。手帳交付用紙に基づいての問診で「大便は人の手を借りないでできますか?」とか日常の運動能力を聞いていた。

 

先生は「1級が取れるように書いておきましょう。今後は自宅にて訪問医師が診るが、病院の脳内科で従来からの主治医の先生とも随時連絡を取られるようにしたら良い」。わたしは「わかりました。そこらへんも訪問医師の先生とも相談して必要ならわたしが主治医の先生のところに行きます」

 

薬局で泌尿器の薬をもらって会計を済ませて午後3時半、来るときと同じ介護用タクシーで自宅に。また車椅子の兄を3人で玄関のある2階まで階段を使って上げた。介護タクシーの支払いは全てで約1万円。

 

終わって介護タクシーの方が階段を下りていった時、急いだからか下から2段目くらいでスッテンと転んでしまった。幸い怪我はなかったが、階段の角がだいぶ磨耗してきているので危険だ。兄のときに転ばなくて良かった。

 

それから3人でお茶を飲んで今日の病院の様子や今後のことを話し合った。帰りがけ交通費含めてということで亮子さんが2万円くれた。辞退したが是非にということで、また兄も取っておいてくれというので頂いておいた。

 

今晩は帰っても妻の松子が居ないため亮子さんがわたしの夕食用のおかず作って持たせてくれた。駅に行く途中こちらへ向かう亮子さんの母親と出会う(亮子さんの弟が入院して心配のようで毎日亮子さんのところにやって来る)。

 

わたしは近所の町医者で腸の薬をもらって午後6時半に帰宅。夕食は亮子さんの作った栗ご飯と煮物などのおかずが入っていて大変おいしかった。下の娘が「亮子さんはプロの味だね」と喜んだ。亮子さんはだいぶ落ち着いてきて、兄のことや家事をてきぱきとこなしていた。たいしたものだと思う。

 

わたしが「家の中にヘルパーさんや訪問看護など色々な人が出入りするようになって大変でしょう?」と聞くと、「案ずるより生むが安で、やってみていろいろと軌道に乗ってきました」と嬉しそうに亮子さんが答えた。

 

ヘルパーさんなどは「家にこもっていてはいけない。散歩やデイケアーなどに行くと気分転換になるし家族も助かる」と昇降機の取り付けを勧める。だが兄にあまり外出願望はない。

 

3人で話し合った結果「急いでつけるのではなくもう少し様子をみよう」ということになった。家の中につける例は多いが兄宅のように外付けはサビなどのメインテナンスが大変。車椅子から兄を昇降機に載せたり降ろしたりするのも人出が要って結構大変、万一の事故も起こりえる。

 

兄はあまり昇降機には乗り気ではなく、必要な時に今回のように人に来てもらって外出する方が良い、となった。ちなみに費用は正しくは見積もりを取らないとわからないが、数十万の自己負担(半分以上は補助が出るので)で取り付けられる。

 

Fax以上

つづく

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