【小説】あにき⑩【脊髄小脳変性症看護記録】

小説

※この記事の執筆者はATAU氏です。イタリック字体部分はちゃむやまによる注釈などです。※

 

鯉③

能はいつのも駅で降りて病院までの道のりを歩いた。駅前は何の変哲もない商店街。それでも昔ながらの荒物屋や履物の店などがあり目を楽しませてくれる。

 

その商店街の狭い歩道を車に注意しながら歩き抜けると、線路沿いの静かな道に出る。右手に井の頭線左手に川が流れるいつもの道だ。都会に良くある両岸と底もコンクリートで固められた川だがいつも鯉が泳いでいる。それも何匹もうじゃうじゃと居る。

 

なんでこんな川に鯉が居るのだろそれもこんなに一杯と思いながら、汚れたコンクリートと同じ色合いの鯉の群れを眺めながら歩く。

 

冬枯れの時期ということもあってか寂しげでちょっと異様なこの光景は能にはなんだか不吉なものとして心に染み付いて離れない。

 

父母へFAX8

(H17年11月22日)

今回一番感じたことは「亮子さんがだいぶ気持ちに余裕というか元気になってきた、自分を取り戻しつつあるなあ」ということです、良かったです。

 

覚えている範囲で会話なども書いてみます。兄の様子や亮子さんの話などお父さんお母さんはもう見聞きして新しいことはあまりないかもしれませんが一応書いて送ります。また近いうちに(わたしだけ)所沢に泊まりに行こうと思っています。

 

2週間ぶりの病院です。良く晴れて午前9時20分に家を出て今日はいつもと違い吉祥寺を経由して井の頭線の富士見が丘駅へ行きました。駅から15分ほど歩いて午前11時過ぎに病院に着く。

 

前日の亮子さんへの電話で病室が南棟の2階に変わったということなので、まっすぐに病室へ向かう。4人部屋のカーテンで仕切られている部屋だが兄がどのベットだかわからないので声をかけないで病室を出た。

 

ナース室へ行き、脳内科担当医のお話を聞きたい旨伝える。20分ほど待たされて、ナースが「いまの担当は内科の芳賀先生なのでお話は芳賀が承ります。いま居ますのでどうぞ」と。40歳前後のソフトな先生。

 

最初にわたしが、「弟なのですが、今後の経過などお聞きしたくて」と切り出すと「奥さん(亮子)には大体のところお話しているのですがお聞きになっていますか?」と言いながらいろいろと話してくれた。兄の難病については専門という感じではなかったが丁寧に答えてくれた。

 

芳賀先生の話

  • 今後の経過(一般的なものとして)

口からの食べ物も鼻からの呼吸も始めは一緒にのどを通るわけですが、それから食べ物飲み物は食道から胃へ、呼吸は気道から肺へとそれぞれ別の道に行くのです。

 

それの分岐の切り分けている弁のようなものが無意識に働くのですが、その弁が脳からの指令で動くのがだんだん上手く伝達しなくなってきて、時に気道へ食べ物など異物が入ってしまい(誤嚥―ごえん)肺炎などを起こしやすくなる。

 

お兄さんの入院時はこうしたことが起こりつつあったようだ。そうした場合すみやかに処置しないと肺炎へと進んでいく。将来こうした症状が進んでくると食べ物摂取を口からではなく管を通じて直接胃に栄養を送ることになる(いろう)。

 

さらに病気が進むと呼吸そのものが上手くできなくなる。そうなるといわゆる人口生命維持装置のようなものをつけることになる。人によってさまざまで一概には言えないが、このような経過が一般的に考えられる。お兄さんの場合、ここ数ヶ月で生命がどうこうなるということはないと思う。

 

  • 現状では自宅でみる事も可能である。ここでの入院も続けられるが、、、費用が大変でしょう。月20-25万はかかるし、それも3ヶ月過ぎより割り増しになってくる。

 

ナース室での先生との話を終え、兄の病室へ。4人部屋で兄を含めて3人の患者さん(みなさんご年配の方だった)。兄は窓側の良い場所にベットはあった。

 

11時半ちょうどお昼で担当の方が昼食を運んで来て、やわらかめのどんぶりご飯に係りの方が魚をほぐしてごはんにかけてくれていた。あとはわかめの酢の物など軽いもの2品。

 

ベッドを上げて上半身を起こしてもらい兄は自分でスプーンを使って食べた(箸は無理)。どんぶりの最後のほうになると傾けてスプーンで上手くすくえないようで兄は「悪いが残りをスプーンにすくってくれ」とわたしに言った。

 

わたしも家から持ってきたおにぎりで昼食を一緒に食べた。兄は結構食欲があってみんな食べて「下の売店でヨーグルト2個買ってきてくれ」。それもペロッと食べてしまった。

 

「医者のところに行っていたの?」と兄が聞くので、わたしは「そう。脳内科の担当医と話すつもりが担当替わって内科の芳賀なのでということで芳賀先生と話してきた」。兄は医者との話でどんなことが出たかなどは以前ほど関心がないようでわたしに聞こうとはしなかった。

 

兄は「亮子が毎日来てくれるが大変じゃないのかな。こないだおやじとお袋が来てくれた、二人とも元気そうだったよ。おまえもまた所沢に泊まりに行ってやれよ」「税の申告書類が引き出しにあるので出してみてくれ。わからないことがあったら聞いてくれ」。

 

少し話していたらわたしがとても眠くなったので(いつも昼飯後は眠くなる)廊下に出て長いすに座りながらうつらうつらと30分。その間に亮子さんが来ていたらしく兄のベッドでヒゲを剃ってやっていた。

 

亮子さんが昼飯用といってサンドイッチとミルク紅茶をわたしにくれた、おいしかった。兄には果物を細かく切ったのやお茶や一口饅頭などを出して食べさせていた。

 

「何か食べたいものは?」と亮子さんが聞くと兄は「すきやき。病院では肉が出ないから老人食みたいだね」

 

「出るのは白身の魚が多いのかな。じゃあ上等肉をスキヤキ風に柔らかく煮て今度持ってこよう。細かく切ったほうが食べやすいよね」と亮子さん。

 

兄は「いや、細かいと味がわからなくなるのでそのままでいい」。

 

このごろ嗜好が変わってきて少し甘いものがほしいようだ。

 

亮子さんが「今度の病室も窓からいい景色でよかったね」と言うと兄は「あまり外は見ないけどね」

 

あと、兄のメガネのフレームが壊れたので、いつか外出許可をとって眼鏡屋(病院からすぐのところにある)に行かねば。

 

わたしは「上の娘が蕎麦屋のバイトを断られてガックリきていたけれど、今度クロネコヤマト宅急便の仕分けのバイトに少し遠いけど勝鬨橋まで通うようになり、張り切っている。

 

初日5分遅れて怒られるかと思ったが所長さんがーああいいよーみたいにやさしく対応してくれたのが嬉しかったようだ。職場のみんなは良い人たちで、いろんなおじさんおばさんと話したりするのがとても楽しいと言っている。

 

勉強はあまり好きじゃないみたい。オーストラリアの留学先から帰ってきて初日にスペイン語入門を1時間やっただけであとは何もやっていない。友達と会ったりして、、」。

 

「それって社会に出て役立つ才能だよね。異年齢の間でうまく話せるって大切な才能だと思う」と亮子さん。「2-3日早く働き始めただけで、次に来るバイトの子たちに先生として教えなければならないとか緊張していたよ」とわたし。

 

兄はわたしの上の娘がお気に入りなのかその話しを聞いて笑いながら「教えることが、勉強になるんだよ」。

 

リハビリは、やってるの、と聞くと兄は「うん、毎日だよ。午後4時から、下のリハビリ室で。いつも同じ女の係りがいるんだ。昨日はそこでこの間うちに来ていた訪問看護さんが声をかけてくれたよ」

 

その会話の間に看護婦が来て尿を取り替えてくれた。

 

看護婦が「便はどうですか?」。兄が出ない、と答えると「こないだは3日目に浣腸をしました。今日出なくて2日目なので明日の状態をみてですね」

 

3人で1時間半くらい話して午後3時になったのでわたしは帰ることに。

階下まで送ってきてくれた亮子さんと病院のロビーで30分くらい話す。わたしからは今日の芳賀先生の話をかいつまんで報告。

 

亮子さんの話

「芳賀先生とは何回か話したが今後の病気の進行ことはなんだか怖くてはっきり聞いてなかった。最初は病気の進行がやけに早くてこのままのスピードで進行して行ってしまうのかと。

 

でも先生や周りの看護婦などの対応からそんなすぐにどこうということはない感じは受けていた。悪くなったがそれなりにいまは安定期なのかもしれないと。今の病室は料金が少し高いようだが、病院を変わったりすると和夫さんの負担になるし。

 

本当は自宅に帰りたいのだろうが、、、でも自宅で夜など1人っきりになったりするとき怖くてやりきれなくなるようだ。わたしのほうも食事の時のどに詰まったりされると本当に生きた着心地がしない」

 

わたしが「兄の容態は落ち着いてきて良かった。やはり病院が安心で良いと思う。兄がよほど家にと言い出さない限り病院でみてもらうのが良いと思う。兄もさっき言っていたが毎日では亮子が大変だろうって。

 

週に1回は休んだら?父母が行った日とかわたしが来る日は休んだほうがいいのでは?」

 

とわたしが言うと亮子さんは「そうですね。でも前と比べるとだいぶ精神的にも楽です。1日に1回は家を出て顔をみるとやはり安心するし」。

 

「うちの家族が兄を見舞いに行きたいと言っているけどどうかな?兄に言ったら亮子に聞いてみるって言っていた。あと父方母方の親戚などに兄のことを知らせるのはどうかな?」

 

とわたしが言うと亮子さんは「前もって言うと和夫さん緊張するみたいなので何も言わないでふらっと来れば良いのでは、喜ぶと思う。一段落したらわたしの方から親戚には連絡しなければとは思っていた。とにかくその件は能さんにお任せしますのでよろしくお願いします」

 

亮子さんは続けて「おかげさまでわたしの気持ちもだいぶ落ち着いてきました。先日鷹之進のことで学校の担任に家の事情を全部聞いてもらいました。

 

学校では鷹之進は全然そんなそぶりは見せなかったので先生も気づきませんでしたとのこと。でも聞いてもらって今後は子供に何か変わったことあったらフォローしてくれるでしょうし、安心です」

 

「末の弟には思い切って先日なくなった上の弟の家に引っ越して来てもらうことにしました。そうすれば母も息子と一緒に居られて安心するだろうし。それまで母と一緒に暮らしていた上の弟の嫁さんにはどこかマンションにという話になっている」

 

「確定申告の件は能さんあまり気にしないで。去年のままにしてわたしが税務署に行ってきますよ。それで税務署は何も言ってこないと思うけど何かあっても夫がこういう事情だからと言えば良いし」

 

亮子さんも父母が泊まりに行ってフォローしてくれるのでだいぶ気持ちも落ち着いてきました。自分だけで全部背負い込まなければみたいな気持ちで以前は押しつぶされそうになっていたみたい。長女で責任感が強く自分を縛る面もあるのかもしれません。

 

Fax以上

 

つづく

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