【小説】あにき①【脊髄小脳変性症看護記録】

小説

※この記事の執筆者はATAU氏です。イタリック字体部分はちゃむやまによる注釈などです。※

 

脊髄小脳変性症看護記録 前書き

わたしは69歳、親から授かったからだはいまのところ大きな病気をしないで動いてくれています。そんなわたしが人生の最後について思いを巡らせるのは少々早いのかもしれません。2歳年上の兄きの死がそんなことを繰り返しわたしに考えさせるようです。

 

兄が亡くなって10年が経ちました。難病(脊髄小脳変性症)でした。発病から亡くなるまで2年余りでした。心配のあまり頻繁に見舞いに来る両親を兄はしだいに避けるようになりました。

 

弟のわたしには心を許していつもそばに居てほしいようでした。それで結構頻繁に兄を見舞ってその様子をその都度両親にFAXで知らせました。いま手元にそのFAXがありますが2年分で結構な分量、1冊の本になるくらいです。

 

兄とわたしは2人兄弟ですが仲はあまりよくありませんでした。成人してからお互い東京近郊に家を構えましたが行き来はほとんどありませんでした。しかし兄が病気を得てからは一気に親密(?)になりました。いま振り返ってみると兄の最後は立派でした。

 

「胃ろう(胃と腹に穴をあけてチューブを通して口を介さずに直接栄養分を送り込む)は嫌だ。ここまで来たら自分のことは自分で決めたい。人間やはり口から食べるのが基本だろう。胃ろうでは植物人間みたいになっちゃう」と言って、医者や家族の願いを退けてその後の延命治療も断り自然の成り行きで穏やかに人生の幕を下ろしました。

 

「終わりよければすべてよし」とはよく言ったもので、人は終わりが素晴らしければ周りのものにさわやかな印象を残します。

 

わたしの知っている兄は決断力のない詰めの甘い物事をはっきりとは言わない優柔不断の固まりでした。そんな兄が最後の最後にどうして?という疑問がわいてきました。手元のFAXを紐解いて兄の思いの軌跡を追ってみたくなりました。それでわたしは当時を思い浮かべながらひとつの物語を書いてみることにしました。

 

脊髄小脳変性症看護記録執筆にあたっての謝意

この連載は次の3人の方の発言に大いに触発されて書き始めました。お名前を記して謝意を示します、ありがとうございました。

福井次矢さん(聖路加国際大学学長)

「欧米に寝たきり老人はいないー自分で決める人生最後の医療」の著者であります、ご夫婦で内科医の宮本顕二さん宮本礼子さん

 

福井さんが朝日新聞(2018年12月27日)で、「誰もが人の死に接するので、闘病記を読むことを勧めたい。患者の心理状態を知るには、闘病記は非常に役立つ」と看護を目指す人へのメッセージとして述べています。わたしはこのメッセージは看護に携わる方だけではなく多くの人に通じることだと思っています。

 

この物語はその日に起きたことをその日につづったFAXがもとなので兄(患者)の心理状態を中心に家族や医者の思いも正確にとらえています。ただし闘病記というと重苦しくなりがちなので時には能(あたう)君にはハメを外してもらって読みやすく進める工夫(創作)がなされています、ご了承ください。

 

つづく

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