定年後の田舎暮らし⑥【子牛が死んだ】

定年後の田舎暮らし

※この記事の執筆者はATAU氏です。イタリック字体部分はちゃむやまによる注釈などです。※

稲刈りで忙しいある日の朝、いつものように農家に行くと何やら慌ただしい。何事かなと聞いたら、放していた牛に赤ちゃんが生まれてその子牛が林の中で死んでいた、と言うのだ。

農家では乳牛を7-8頭飼っている。順番に牛舎より外に出していわゆる放牧をする。山間の地なので広い平野はない。放すと牛たちは山の林の奥に姿を消して何日も草を食べて暮らす。農家では他に逃げないようにポイントなる地点に鉄線(弱い電気を通す)を張り巡らせている。姿が見えないので農家の方が時折林の中へ分け入って牛の様子を確認しに行く。それで子牛の死が分かったのだ。

「どうして死んだのだろう?」と聞くと農家の方は、「母親がうまく育てられなかったのだろう」と言った。母親牛はすぐに牛舎に戻さないといけないと言うので(たぶん体力も弱っているし何より出る乳を搾らなければならないからだろ)2人で林に入り牛を追い立てて牛舎まで来たが狭い牛舎の中に入るのを嫌がってなかなか動こうとしない。

農家の方が鼻につないだヒモを引っ張り私がそのおしりを棒でたたいてやっと中に入った。子どもを産んだばかりのおしりのあたりがだらしなく土に汚れて哀れだった。林の中で死んだ子牛は後から農家の方がホークリフトを使って土の中に埋めた。生き物を飼うということはこういうことなんだと私は思い知った。

農家の方は毎朝6時前に起きて乳を搾る。そして日が沈み農作業も終わった夕方にその日の2回目の乳を搾る。そうした日課を年中無休で繰り返す。農家では泊りのどうしても用事がある時にはヘルパーさん(有料)をお願いしている。

「乳牛をやると旅行もできないんだ」と農家の方はよくこぼす。

そうして搾った乳は清潔なステンレスのタンクに蓄えられ毎日来る乳業会社の集乳車で運ばれて行く。わたしはこの搾りたての乳を大きめの瓶に入れてよく頂いて帰る。市販の牛乳と違い生クリーム分がたっぷりで濃厚な味がする。

以前東京からの友人を牛舎に案内したことがある。開口一番その友人は、「ああこのにおい!なつかしいなあ。学生の時にアルバイトでひと夏北海道の牧場で働いた、あの頃を思い出す」。干し草のすえたような牛舎独特のにおいだ。

牛は大きい、毎日想像を絶する量の干し草を食べる。農家では近場に牧草地を借りている。田んぼの田植えが終わった春と稲刈りが終わった秋の年2回、牧草を大型専用機械で刈り取りロール巻きにして保存する。そのうち何個かは白いビニールでぐるぐる巻きに密封して中の牧草を醗酵させて飼料とする。その発酵牧草が牛舎独特のあのすえたにおいの元なのだろう。

牛は大量に食べて大量に排出する。それを一か所に集めて数か月寝かすと発酵して良質のたい肥となる。田んぼや畑に入れ込み、それでおいしいお米や野菜を作る。

ところで東北を襲ったあの3.11の時は大変だった。岩手県の南半分の地で何年もの間牛を放牧できなかった(汚染された草を食べると絞った乳に放射能が出るから)。その間牛は牛舎につながれっぱなしで外国産の牧草(東電賠償による)を食べていた。延々と広がる岩手の牧草地を車で走ってもしばらくの間は一頭の牛も見ることができなかった。牛のストレスや相当のものだったろう。

では、続きはまた

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