定年後の田舎暮らし③【田舎暮らしとは単に別荘で暮らすことではない】

定年後の田舎暮らし

※この記事の執筆者はATAU氏です。イタリック字体部分はちゃむやまによる注釈などです。※

 

妻はわたしより一足先に51歳で会社(わたしと同じ会社です)を早期退職しました。そして実は最初に田舎暮らしを言い出したのは妻の方なのです。退職して日中も家に居るようになり東京の暑い夏に辟易していた妻は自分の好きな白馬(長野県)などを中心にいくつかの別荘を見て歩き、時には2人でも何回か見に行きました。

 

そこで別荘暮らしをしている方々(関東関西の大都市から)の話も聞きました。ある人は別荘のそばにある小さな畑に案内してくれて、「ほら、こんなに大きいズッキーニが採れるんですよ」と見せてくれました。妻は、「ここなら空気もきれいだし四季折々の自然も感じられる、東京から好きな時に来て好きなだけ居れば良いのよ」と。ただこうして何回か2人で足を運んでいるうちに妻のイメージしている別荘暮らしと自分の求めているものとは少し違うのではないかと思うようになりました。

 

もう一つ踏み切れないでいるわたしを妻は急がせることなく見守ってくれました。そのうちにわたしは自分の好きな東北に目が行くようになり、サラリーマン時代に知人の紹介で美味しいお米を作っている農家を知り30年来そこのおコメを届けてもらっている農家が岩手にあることに思いが至りました。それで思い切って農家に連絡をして訪ねて行くことにしました。

 

お世話になっている農家はこちら「げいび清流米の里」です。

 

顔も知らないで訪ねて来たわたしを農家の方は快く泊めてマキで炊いたご飯と山菜の手料理とどぶろくでもてなしてくれました。この山間に在る棚田と点在する農家の風景にわたしは強く魅せられました。ああ、こういう所でこういう人たちと一緒に暮らせたら良いなあと思いました。東京に戻ってから農家の方にその思いを伝えて、「できたら農作業の下働きとしてそちらで使ってもらえるとありがたいのですが、もちろんお金はいりません」と。

 

程なくして農家の方より、「良いですよ」との返事が来ました。それがわたしの田舎暮らしの始まりです。わたしの望む田舎暮らしは単に別荘で暮らすことではなく、田舎で田舎の人と一緒に暮らすことだったのです。妻にとって東北は未知の土地で、まして農業には関心がないのでとりあえずはわたし一人で行くことにしました。

 

その年(2010年)のわたしの年賀状は、

「穏やかなお正月をお迎えのことと思います。昨年より単身で岩手の地において農業見習いをやっています。東北はあこがれの地で、さいわい迎え入れてくださる農家の方があって、迷惑をかけながらも楽しい日々を送っています。街のほうにステキな住まいを借りて通っています。どうぞ遊びにいらしてください。粗食、快眠でお迎えいたします」。

 

今日は9月16日、さあ明日から農作業が始まるぞというときに限って何かが起こるのです。家のトイレのウオッシュレットがどうもおかしい、故障して電源が入らなくなったのだ。大家さんと連絡を取ったらすぐに見に来てくれて、その場で業者の方と連絡を取ってくれました。それで、「明日業者が来ますのでできたら家に居てくれますか」と言うのでとりあえず明日の農作業は休むことにしました。

 

では、つづきはまた。

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