定年後の田舎暮らし①【岩手の猊鼻渓で農業を】

定年後の田舎暮らし

※この記事の執筆者はATAU氏です。イタリック字体部分はちゃむやまによる注釈などです。※

 

長年勤めた会社を定年で退職する。その後の日々の過ごし方に戸惑いを感じている方も多いのではと思う。わたしは53歳でそれまで勤めていた石油会社を早期退職したので大いに戸惑った。戸惑っての行き着き先がいま(69歳)の生活という訳ではないが最近の暮らしぶりを少し書いてみます。

家族、諸々を東京に残して単身でここ岩手に移り住むようになってやがて10年になります。仙台より少し北にある一関という所からJR大船渡線に乗って30分ほどの猊鼻渓(げいびけい。舟下りで少し有名)で岩手と言っても随分と宮城県よりのところです。この辺は平野に乏しく山に囲まれた山間地です。ちょっと知っている農家があるのでそこで農業見習いをやっています。

 

農業見習いと言っても行く先自分で本格的に田畑を始めるつもりはなく、ただ田舎で気持ちよく暮らしたいという思いでやっています。だからなのか10年経ったいまでも農業技術は自分でもあきれるくらい上達していません(笑)。

 

山間にある農家から車で15分ほど下って行った街中に小さな家を借りています。そこは農協スーパーと役場が目の前にあるゲイビの一等地、ですが家の周りには田んぼや畑も点在してカエルの鳴き声も聞こえてきます。

 

移り住んだと言っても1年中いるわけではありません。農家の最も忙しい春の田植えと秋の稲刈りの時期を中心に年5か月ほどを岩手で過ごしあとは東京で家族と暮らしています。

 

今年も稲刈りを迎えて東京より9月12日に岩手に来ました。さあ稲刈りが始まるぞ、という緊張感が身を包む。二か月ほど留守にしていたので家の窓という窓をみんな開けて空気を入れ替えます。

窓の向こうには里山の緑が広がり、そのふもとを大船渡線が走っています。山手線のおさがりのような古い車輌二両がゴトゴトと走る光景はまるでおとぎの国のようです。日中の30度は東京とあまり変わらないが何しろ清々しい、空気の鮮度がまるっきり違います。

 

田植えが終わり6月28日に東京に戻る際に岩手での部屋はかなりきれいに掃除をして出たつもりでしたがまたこうしてハタキをかけ床を拭くと結構な埃です。掃除をやり始めるとすぐに3-4時間経って日が暮れます。冷蔵庫を開け中身を確認して、とりあえず今晩の夕食の買い出しにJAスーパーへ出かけます。

今晩はとにかく早めに床につかねければならない。東京での夜型を急いで朝型の生活スタイルに変えていかなければならない、岩手では農家の方との農作業の始まりが8時なので毎朝5時半には起きます。

東京での暮らしは朝目覚めて習慣になっているストレッチ運動を寝床で1時間ほどやりおもむろに床を離れてそれから食卓にむかい新聞を広げて朝食を取り終わるころにはもう10時を回っています。一緒に居る妻がかなりの夜型人間なのでつられて(?)わたしも夜が遅くなってしまうからかもしれない。

 

翌日もきれいに晴れた。押し入れから布団など全部引っ張り出してベランダに干す。ついでに洋服ダンスにかかっているジャンバーや綿入れ、礼服なども全て干す。農作業が始まるとサラリーマン時代とは違い土日も農作業は続きます。オヤスミは原則雨の日だけとなります。ですからこうして布団などを干せる晴れの日の休日は貴重なのです。

 

 

では、つづきはまた。

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